特定の趣旨
なぜ、捜索場所と差押目的物が特定されていなければならないのでしょうか。
捜索場所と差押目的物に特定性が要求される趣旨は、以下の通りです。
① 令状審査に当たり、「正当な理由」の存在についての裁判官による実質的認定を確保すること
② 捜査機関による捜索の及ぶ範囲を適切に限定し、押収に当たっての誤りや逸脱を防止すること
(捜査機関の恣意・裁量の余地を封ずること)
③ 被処分者に受忍の範囲を知らせ、範囲外の処分につき不服申立ての便を図ること
にあります。
令状発付の際に、「正当な理由」(憲法35条1項)が必要です。
裁判官は、捜索の「正当な理由」である「特定の犯罪に関連する物が『その場所』に存在する蓋然性があるかどうか」を判断することになります。
しかし、『捜索場所』が特定していないと『どの場所』についての蓋然性を判断したらよいのか不明であって、判断できません。①は、この点を問題視しています。
ここで問題されているのは「特定」の趣旨であって、「明示」の趣旨ではありません。
「捜索すべき場所」の「特定」の問題
「特定」の問題は、令状に記載されている具体的な文言が重要です。
そこで、令状の「特定」について検討するに際して、以下の事例に沿って検討していきます。
①刑事訴訟法218条4項⇒検察官等が令状請求する。
★刑事訴訟規則139条1項に「令状の請求は、書面で」することが求められています。
★刑事訴訟規則155条1項に、令状請求に記載する事項について記載されています。
② 刑事訴訟法219条1項⇒令状の記載事項
刑事訴訟法219条
1 前条の令状には、被疑者若しくは被告人の氏名、罪名、差し押さえるべき物、記録させ若しくは印刷させるべき電磁的記録及びこれを記録させ若しくは印刷させるべき者、捜索すべき場所、身体若しくは物、検証すべき場所若しくは物又は検査すべき身体及び身体の検査に関する条件、有効期間及びその期間経過後は差押え、記録命令付差押え、捜索又は検証に着手することができず令状はこれを返還しなければならない旨並びに発付の年月日その他裁判所の規則で定める事項を記載し、裁判官が、これに記名押印しなければならない。
2 ・・・・・・
「場所」に対する令状で、その場に居合わせた人の身体を捜索できるか、という問題ではありません。
「特定性」について(上記1)
「同所に在所する者」であることは、捜索を行う捜査機関にとっても、身体捜索の被処分者にとっても、識別は可能です。そのため、このような令状の記載であっても捜索場所として特定しているとも思えます。
しかし、特定が要求される趣旨が上記①[令状審査に当たり、「正当な理な理由」の存在についての裁判官による実質的認定を確保すること]の点にもあることから、裁判官の視点を外すことはできません。
★「同所に在所する者の身体及び所持品」の部分が特定していないとして違法・無効だとします。このような場合でも「京都府京都市○○町X事務所」の部分は特定しているため、この令状によるX事務所の捜索は適法です。
「各別の令状」について(上記2)
同一事件における捜索・差押えであっても、機会を異にする場合や場所を異にする場合には、各別に令状の発付を得なければなりません(憲法35条2項)。
その趣旨は、「正当な理由」の存否は、場所や機会が変われば異なりうるため、その都度その存在を裁判官によって確認させ、そのような確認があった範囲に限って処分を許す点にあります(川出敏裕『判例講座刑事訴訟法〔捜査・証拠篇〕124頁』)。
そうだとすると、「正当な理由」の判断が一括して行われるような場合には、すべての者の身体及び所持品を1つの令状で捜索することを許しても憲法35条2項が「各別の令状」を要求した趣旨に反しません。
概括的記載の可否(差押目的物の「特定」の問題)
憲法35条及び刑訴訴訟法219条が差押目的物の特定を要求した趣旨は、捜索・差押えをその都度裁判官の許可にかからしめることで、捜査機関による捜査権限の濫用を防ぐとともに、裁判官が個別的に捜索・差押えの対象を特定して「正当な理由」の有無を判断しなければならないとすることによって、その判断の確実性を担保し、そのような特定の範囲についてのみ捜索・差押えが許可された旨を捜査機関に対して明示することで、令状の執行の際の逸脱を防止し、もって「正当な理由」なき捜索・差押えを防ぐ点にあります。
そうだとすると、令状の記載は、捜査機関と被処分者が令状と対照すれば誤りなく識別できる程度の明確性が必要です。
もっとも、捜索・差押えは捜査の初期段階で行われることが多く、実際問題として厳密な差押目的物の表示は困難であり、具体的な品名、数量等まで要求すると、自白の強要のおそれなどがあり、妥当ではありません。
そのため、概括的な記載が具体的な例示に付加されたものであって、令状請求の根拠となった被疑事実に関係があり、かつ、例示物件に準じる物件を指すことが明らかであるならば、物の特定に欠けるところはなく、適法です(最大決昭和33.7.29)。
「令状記載の被疑事実」は誤りです。捜索差押許可状には、逮捕状とは異なり、被疑事実を書く欄がありません。正しくは「令状請求の根拠となった被疑事実」です。
【応用】差押目的物を「同所に在所する一切の文書」とする令状発付は可能でしょうか。
この問題は、捜索場所を「同所に在所する者の身体及び所持品」とする令状の場合と同じく、原則として特定されていないため許されませんが、例外的に、同所に在所するすべての文書について「正当な理由」が認められる場合には、このような令状でも特定されているといえ、適法です。
捜索差押許可状の「罪名」の記載の適法性
捜索差押許可状には「罪名」を記載しなければなりません(219条1項)。もっとも、逮捕状とは異なり、被疑事実の要旨や罰条の記載は要求されていません。これは、令状発付は具体的な被疑事実を基礎にしなければならないが、捜査の秘密の保持や被疑者その他の関係者の名誉・プライバシーの保護にも配慮する必要があるからです。
特殊法犯(地方公務員法違反、覚せい剤取締法違反など)の場合、罪名として法令名のみが記載されるのが実務です。しかし、法令名のみではいかなる犯罪に対する令状か(どのような構成要件に該当するか)分からない場合があります。このような場合には、令状に被疑事実や罰条の記載が必要とならないか、問題になります。
捜索差押許可状に罪名の記載を要求する趣旨は、事件を特定することで令状の流用を防止するとともに、場所や物の表示と相俟って対象物件の特定に資する点にあります。そうだとすると、通常は罰条の記載がなくとも法令名と場所や物の表示があれば事件や対象物件の特定は可能であること、256条4項が「罪名は、適用すべき罰条を示してこれを記載しなければならない」と規定しているのに対し219条1項は「罪名」とのみ記載していることから、捜索差押許可状には罰条の記載までは要求されていないと解されます(最決昭和33.7.29結論判例に同旨)。
したがって、「地方公務員法違反」「覚せい剤取締法違反」でOKです。
令状による捜索・差押えについては、以下の記事を参照ください。
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