問題の所在
逮捕・勾留されている被疑者を、逮捕・勾留の理由とされている被疑事実(本罪)とは異なる事実(余罪)で取り調べること(余罪取調べ)はできるでしょうか。
本罪の取調べと区別して余罪取調べに特有の制約を認める見解(限定説)とそれを認めない見解(非限定説)に分かれ、さらに取調受忍義務に関する見解の対立が絡んできて、学説が多数あります。
取調受忍義務
逮捕・勾留中の被疑者の取調べは、198条1項に基づく被疑者取調べです。
198条1項を反対解釈すると、既に逮捕・勾留されている被疑者は、捜査機関の求めに対し、出頭を拒否したり、出頭後に自由に退去することができないことになります。
この出頭義務・滞留義務のことを取調受忍義務といいます。
刑事訴訟法198条(被疑者の出頭要求・取調べ)
1 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。
2 ……
取調受忍義務肯定説(捜査実務、かつての通説)
身柄拘束中の被疑者について、取調受忍義務を肯定する。
∵①198条1項本文が捜査に必要性がある場合に被疑者を取り調べることができる旨(取調べ権)規定し、同項但書において、身柄拘束されていない被疑者について出頭拒否権・退去権を規定しているため、198条1項全体から、身柄拘束中の被疑者については取調受忍義務を課していることが分かる。
②取調受忍義務を課しても、供述義務を課すわけではないため、黙秘権(憲法38条1項)侵害には当たらない。
↑批判
取調受忍義務を課すことは黙秘権(憲法38条1項)を侵害する。
取調べ受忍義務否定説(学説の多数説)
身柄拘束中の被疑者について、取調受忍義務を否定する。
∵①取調受忍義務を課すことは、黙秘権(憲法38条1項)を侵害する。
②逮捕・勾留の目的は、被疑者を身柄拘束して逃亡・罪証隠滅を防止することにあり(207条1項、60条1項、199条1項、規則143条の3)、取調自体が目的なわけではない(取調べの必要性は逮捕・勾留の要件になっていない)ため、逮捕・勾留の効果として取調受忍義務を導くことはできない。
↑批判
198条1項と整合しない。
余罪取調べ
取調受忍義務肯定説から
A説(非限定説)
本罪はもとより余罪についても取調受忍義務が及ぶ。
∵①198条1項但書は逮捕・勾留されている事実を本罪に限定していない。
②223条2項が、被疑者以外の者の取調べ(当該被疑事実について逮捕・勾留されていない者の取調べ)について198条1項但書を準用している。
③事件単位の原則は身柄拘束を規制するものであって取調べには適用されない。
B説(限定説)
身柄拘束されている本罪については取調受忍義務を課した取調べが許されるが、身柄拘束されていない余罪については取調受忍義務を課した取調べは許されない。
∵198条1項但書の「逮捕又は拘留されている場合」とは取調べの対象となっている被疑事実で逮捕・勾留されている場合を意味し、取調受忍義務は逮捕・勾留の効果として認められる以上、取調受忍義務を課した取調べは、逮捕・勾留の理由となった被疑事実に限られる(事件単位の原則が取調べにも妥当する)。
C説(限定説の中の中間説)
原則として身柄拘束されていない余罪について取調受忍義務を課した取調べは許されないが、例外的に、余罪が本罪と密接に関連する場合や、同種犯罪である等余罪の取調べが本罪の取調べとして重要な意味を持つ場合は、余罪についても取調受忍義務を課した取調べが許される。
∵上記の場合(密接関連性がある場合や重要な意味を持つ場合)は、捜査(取調べ)事項が共通する。
取調受忍義務否定説から
A説(非限定説)
本罪についても余罪についても取調受忍義務を否定し、任意に取調べに応じる限りで取調べが許される。
B説(限定説)
本罪については取調受忍義務を課さない限り取調べは許されるが、余罪については事件単位原則のもと取調受忍義務を課さなくても許されない。
C説(限定説の中の中間説)
余罪については原則として取調受忍義務を課さなくても余罪取調べは許されないが、例外的に、本罪との密接関連性や同種犯罪性、事案の軽微性等から、本罪の取調べに付随して余罪取調べが行われる場合には取調受忍義務を課さない余罪取調べは許される。
取調べ受忍義務の肯否にかかわりなく余罪取調べの限界を画そうとする見解
A説
余罪取調べは原則として禁止されないが、余罪取調べが具体的状況下において実質的に令状主義を潜脱している場合は違法になる。
B説
余罪の取調べによって、本件のみの取調べの場合よりも身柄拘束期間の長期化をもたらす場合は、原則としてたとえ任意に行われたものであったとしても違法であるが、例外的に、余罪取調べが被疑者の利益にかなうか、身柄拘束の長期化を許すべき合理的な捜査上の必要性がある場合には許される。
∵身柄拘束期間は、逮捕・勾留の理由とされた被疑事実について、被疑者の逃亡・罪証隠滅を阻止した状態で、起訴するか否かの決定に向けた捜査を行うための期間である。
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