取消し
無効とよく似た効果を有するものに「取消し」があります。
「取消し」とは、一度は有効に存在しているものの、取消しの意思表示により、遡及的に無効にすることをいいます。
民法121条(取消しの効果)
取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。
「取消し」の特徴
「取消し」の特徴は、以下の通りです。これは、「無効」との違いでもあります。
民法122条(取り消すことができる行為の追認)
取り消すことができる行為は、第百二十条に規定する者が追認したときは、以後、取り消すことができない。
民法126条(取消権の期間の制限)
取消権は、追認をすることができる時から5年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から20年を経過したときも、同様とする。
取消権者
「取消し」の効果を主張することができる者は、民法120条に規定された者に限定されています。
取消権は、制限行為能力者や詐欺や脅迫によって意思表示をした人などの保護する人を想定しています。保護されるべき人が十分に保護されるために、取消権を行使することができる人を限定しています。
民法120条(取消権者)
1 行為能力の制限によって取り消すことができる行為は、制限行為能力者(他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為にあっては、当該他の制限行為能力者を含む。)又はその代理人、承継人若しくは同意をすることができる者に限り、取り消すことができる。
2 錯誤、詐欺又は強迫によって取り消すことができる行為は、瑕疵ある意思表示をした者又はその代理人若しくは承継人に限り、取り消すことができる。
1.制限行為能力者の行為の取消しをすることができる者(民法120条1項)
①制限行為能力者(本人)
②制限行為能力者の代理人
③制限行為能力者の行為についての同意権を有する者
④制限行為能力者の承継人
2.錯誤等を理由とする取消しをすることができる者 (民法120条2項)
①錯誤のより意思表示をした者
②詐欺・強迫を受けたことにより意思表示をした者
③①、②の者の代理人・承継人
Q 民法120条1項括弧書の「 他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為にあっては、当該他の制限行為能力者を含む。 」の意味とは??
民法102条本文には、「制限行為能力者が代理人としてした行為は、行為能力の制限によっては取り消すことができない。」と規定されています。
そのため、この規定によると上記のAからの法定代理に基づく代理行為を「B」がすると、Bが制限行為能力者であることを理由に本人である「A」は取り消すことはできないはずです。
この規定(民法102条本文)の例外を定めたのが民法120条1項括弧書です。
民法120条1項括弧書によって、「当該他の制限行為能力者」である「A」にも取消権を認めています。
同意権を有する者
制限行為能力者の法律行為の取消しをすることができる者として、③制限行為能力者の行為について「合意権を有する者」とあります。その具体的な内容は、以下の通りです。
未成年者の場合の「同意権を有する者」
制限行為能力者である「未成年者」の法律行為に対して、同意権を有するのは法定代理人です。
未成年者の法定代理人は、民法120条1項の「代理人」にも該当します。
民法5条(未成年者の法律行為)
1 未成年者が法律行為をするには、その法定代理人の同意を得なければならない。ただし、単に権利を得、又は義務を免れる法律行為については、この限りでない。
2 ・・・・・・
3 ・・・・・・
成年被後見人の場合の「同意権を有する者」
成年被後見人には、同意権を有する者はいません。
成年被後見人は行為能力の前提となる意思能力を欠く状態であることが多く、同意をした内容と同じ行為をすることさえ期待できません。
同意を成年被後見人に与えてその者に行為をさせると、取引の相手方の法定地位を不安定にさせるだけでなく、成年被後見人の法定地位を不安定にさせる危険性が高いといえます。
そのため、成年被後見人には同意権を有する者がいません。
条文の根拠としてあえてあげるならば、民法13条を準用していないことがあげられます。
被保佐人の場合の「同意権を有する者」
被保佐人の法律行為に対して、同意権を有する者は「保佐人」です。
民法13条(保佐人の同意を要する行為)
1 被保佐人が次に掲げる行為をするには、その保佐人の同意を得なければならない。ただし、第九条ただし書に規定する行為については、この限りでない。
一 元本を領収し、又は利用すること。
二 借財又は保証をすること。
三 不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為をすること。
四 訴訟行為をすること。
五 贈与、和解又は仲裁合意(仲裁法(平成十五年法律第百三十八号)第二条第一項に規定する仲裁合意をいう。)をすること。
六 相続の承認若しくは放棄又は遺産の分割をすること。
七 贈与の申込みを拒絶し、遺贈を放棄し、負担付贈与の申込みを承諾し、又は負担付遺贈を承認すること。
八 新築、改築、増築又は大修繕をすること。
九 第六百二条に定める期間を超える賃貸借をすること。
十 前各号に掲げる行為を制限行為能力者(未成年者、成年被後見人、被保佐人及び第十七条第一項の審判を受けた被補助人をいう。以下同じ。)の法定代理人としてすること。
2 ・・・・・・
3 ・・・・・・
4 ・・・・・・
被補助人の場合の「同意権を有する者」
被補助人の法律行為に対して、同意権を有する者は「補助人」です。
民法17条1項は、民法13条1項の規定する行為の一部について同意権を与えることができるとしています。
民法17条(補助人の同意を要する旨の審判等)
1 家庭裁判所は、第15条第1項本文に規定する者又は補助人若しくは補助監督人の請求により、被補助人が特定の法律行為をするにはその補助人の同意を得なければならない旨の審判をすることができる。ただし、その審判によりその同意を得なければならないものとすることができる行為は、第13条第1項に規定する行為の一部に限る。
120条1項、2項の「承継人」
「承継人」とは、法的地位を引き継いだ者のことをいいます。承継人には、包括承継人と特定承継人があります。
包括承継人とは、相続人(民法886条以下参照)などのように、法的地位の全てを承継する者のことをいいます。
特定承継人とは、売買契約により土地の所有権を受ける買主などのように、法的地位のうち特定のもののみを承継する者のことをいいます。
民法120条1項、2項にいう「承継人」には、この包括承継人と特定承継人の両方が含まれます。
追認
総論
追認とは、取消権を放棄する意思表示のことをいいます(民法122条)。この追認する権利を有するのは、取消権者(民法120条)です(民法122条)。
追認は、相手方に対する意思表示により行います(民法123条)。訴えによる必要はありません。
追認の要件
民法124条(追認の要件)
1 取り消すことができる行為の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を有することを知った後にしなければ、その効力を生じない。
2 次に掲げる場合には、前項の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅した後にすることを要しない。
一 法定代理人又は制限行為能力者の保佐人若しくは補助人が追認をするとき。
二 制限行為能力者(成年被後見人を除く。)が法定代理人、保佐人又は補助人の同意を得て追認をするとき。
追認をするためには、原則として以下の2つの要件が求められます〈民法124条1項)。
①取消しの原因となっていた状況が消滅したこと
②取消権を有することを知った後であること
制限行為であることを理由とする取消しの場合には、原則として上記①②の要件が必要です。
もっとも、例外である民法124条2項のときには、①の要件は不要となり、②要件のみが要件となります。
一方、錯誤等の意思表示の取消しの場合には、例外なく要件①②が求められます。
制限行為能力のもと行われた法律行為の追認権者
未成年の場合
①成年後の未成年者
②同意を得た未成年者
③承継人
④法定代理人
成年被後見人の場合
①審判取消後の成年被後見人
②承継人
③成年後見人
被保佐人の場合
①審判取消後の被保佐人
②保佐人の同意を得た被保佐人
③承継人
④保佐人
被補助人の場合
① 審判取消後の 被補助人
②補助人の同意を得た被補助人
③承継人
④補助人
錯誤等の意思表示の追認権者
錯誤取消しの場合
①表意者(本人)
②承継人
③代理人
詐欺取消しの場合
①表意者(本人)
②承継人
③代理人
強迫取消しの場合
①表意者(本人)
②承継人
③代理人
法定追認
「追認をすることができる時」つまり、民法124条1項の規定する時点よりも後に、民法125条の各号に規定する行為をすれば「追認」したものとみなされます。
「追認をしたものとみなされる」と、取消権を放棄したことになりますから、以降に取消しを主張することができなくなります。
民法125条(法定追認)
追認をすることができる時以後に、取り消すことができる行為について次に掲げる事実があったときは、追認をしたものとみなす。ただし、異議をとどめたときは、この限りでない。
一 全部又は一部の履行
二 履行の請求
三 更改
四 担保の供与
五 取り消すことができる行為によって取得した権利の全部又は一部の譲渡
六 強制執行
○語呂合わせで暗記!!
★ 利口な子の 誕生は、 強制 成功した ★
「履行」な子の「担保」「譲渡」は、 「強制」 「請求」「更改」した
取消権の消滅
民法126条(取消権の期間の制限)
取消権は、追認をすることができる時から5年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から20年を経過したときも、同様とする。
追認をすることができる時から、5年間行使しないときは、「時効」によって消滅します。
行為の時から20年を経過したときも取消権を行使できなくなりますが、これが「時効」の効果によって行使できなくなるかについては争いがあります。
通説的な見解によると、この20年間の期間は、「除斥期間」であると考えられています。
取消しとなる場面
未成年者の法律行為(民法5条2項)
成年被後見人の法律行為(民法9条本文)
保佐人の同意を要する行為(民法13条4項)
補助人の同意を要する行為(民法17条4項)
消費者契約法4条
○類似の制度に「無効」があります。「無効」については以下の記事を参照ください。
無効・取消しをした後の法律関係
原状回復義務
民法121条の2(原状回復の義務)
1 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。
2 前項の規定にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に前条の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。
3 第一項の規定にかかわらず、行為の時に意思能力を有しなかった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。行為の時に制限行為能力者であった者についても、同様とする。
意思表示・法律行為が、無効または取り消された場合には、両当事者は原状回復義務を負います(民法121条の2第1項)。
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