[刑訴法]強制採尿の適法性

刑事訴訟法

強制採尿とは

強制採尿とは、被疑者が採尿を拒む場合に、抵抗を排除して強制的に尿を採取することをいいます。これは、尿道にカテーテルを挿入する方法で行われます。

強制採尿は、強度の人格権侵害を伴うため、

  1. 強制的に採尿をすることができるか
  2. できるとした場合、どの令状によるべきか
  3. 採尿場所への強制的に連行することができるか

が問題になります。

強制採尿の可否

  • 覚せい剤自己使用の事実の立証においては、尿中覚せい剤成分が検出されたとする鑑定結果が決定的な証拠になるため、強制採尿の必要性が高い
  • カテーテルによる採尿は、被採取者に対しある程度の肉体的不快感ないし抵抗感を与えるとはいえ、医学的に相当な方法を用いれば身体への障害のおそれはほとんどない
  • 強制採尿が被疑者に与える屈辱感等の精神的打撃は、検証の方法としての身体検査においても同程度の場合があり得る

以上のことから、①被疑事件の重大性、②嫌疑の存在、③当該証拠の重要性とその取得の必要性、④適当な代替手段の不存在等の事情に照らし、犯罪の性質上真にやむを得ないと認められる場合には、最終手段として適切な法律上の手続きを経て行う場合にのみ許されます。そして、その実施に当たっては、被疑者の身体の安全とその人格の保護のため十分な配慮が施されるべきです(最決昭和55.10.23)。

「最終手段性」との関係で、

  • 対象者が尿の任意提出を申し出ている場合であっても強制採尿を実施できるのか
  • 錯乱状態にある被疑者にも強制採尿を実施できるのか

という問題があります。

任意提出を申し出ている場合の強制採尿の可否

裁判官が強制採尿令状の請求を審査し、強制採尿令状を発付している以上、執行の段階において、任意に尿を提出する機会を常に与える必要があるとするのは行き過ぎです。

また、被疑者が尿の任意提出を申し出ている限り強制採尿を実施できないとするのは不合理であるから、捜査官側としては、それまでの強制採尿に至る経緯尿の任意提出を申し出た時期申出の真摯性等を勘案して、強制採尿を実際に実行するか否かを判断できるというべきです。

したがって、捜査官が、尿の任意提出を期待できないとして強制採尿の実施に踏み切ったとしても、その判断が人権配慮等の観点から明らかに不合理でない限り、違法性を帯びることはありません(東京高判平成24.12.11)。

錯乱状態下での強制採尿の可否

強制採尿を実施するためには、その前に尿の任意提出を求めることが必要とされますが、このことは対象者がそれに応じうる状態にあることが前提です。対象者が錯乱状態に陥っているために、任意の尿の提出がそもそも期待できない状況である場合には、直ちに強制採尿を実施することができます(最決平成3.7.16)。

最決平成3.7.16は、理由を明示していませんが、「被告人は、錯乱状態に陥っていて任意の尿の提出が期待できない状況にあったものと認められるのであって、本件被疑事件の重大性、嫌疑の存在、当該証拠の重要性とその取得の必要性、適当な代替手段の不存在等の事情に照らせば、本件強制採尿は、犯罪の性質上真にやむを得ない場合に実施されたものということができる」としました。

もっとも、短期間のうちに錯乱状態から回復することが見込まれる場合には、回復を待って意思確認をすべきであるとの見解もあります(百選10版59頁)。

必要となる令状の種類

強制採尿は「強制の処分」(197条1項但書)に該当します。強制採尿を実施するために必要な令状はどれでしょうか。強制採尿の手続について定めた明文規定がないため問題になります。

この点については、身体検査令状説鑑定処分許可状説併用説条件付き捜索差押令状説があります。

身体検査令状説鑑定処分許可状説併用説条件付き捜索差押許可状説
内容検証としての身体検査(218条1項後段)は、身体の外部検査だけでなく、内部検査も含み、軽微な身体の損傷も許されるため、同令状により尿の採取が可能である。
身体の損傷を伴う内部検査は専門的知識と技術を要するから、採尿は鑑定に必要な処分としての身体検査(225条、168条1項)として行うべきである。身体検査令状と鑑定処分許可状の併用により、身体内部への侵襲及び直接強制が可能になる。体内の尿の強制的採取は捜索・差押えの性質を有するから捜索差押許可状(218条1項前段)によるべきである。
ただし、218条6項の準用により、医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせなければならない旨の条件の記載が不可欠である
批判・カテーテルによる身体内部への侵入は身体検査の限界を超えている(リークエ2版157頁)。
・医師等の手によるべきであるにもかかわらず捜査機関が主体となる身体検査として行うのでは責任の所在が不明確になる(リークエ2版157頁)。
検証としての身体検査とは異なり、鑑定処分許可状では直接強制を認める規定はなく、間接強制しかできない。・本来いずれの令状によっても行い得ないことが、併用すれば行えるとすることはあまりに便宜的である(リークエ2版158頁)。
・たとえ併用しても、直接強制できるのは身体検査令状で行える検査行為にとどまる(リークエ2版158頁)。
・採血の場合は併用説であり、整合しない。
・差押えの対象となる「物」には人体の一部は含まれない。体内にある限り尿も血液と同様に人体の一部であるから、差押えの対象となる「物」ではない。
・法は捜索差押許可状への条件付加を予定しておらず、これを218条6項の準用により認めることは新しい令状を解釈により創出することになる。そのような権限は裁判所にはなく、強制処分法定主義に反する。
・本来、捜索・差押えにおいては身体内奥への侵入はおろか人を裸にすることさえ許されないはずであり、条件を付せばそれらが可能になるとする理由はない(リークエ2版158頁)。

最高裁は条件付き捜索差押許可状説を採用しました。

尿はいずれ体外へ廃棄される排出物であり、物としての性格を有するから、採尿行為は捜索・差押えの性質を有するため、捜索差押許可状(218条1項前段)によるべきです。ただし、強制採尿は人権侵害にわたるおそれがある点で、一般の捜索・差押えと異なり、検証の方法としての身体検査と共通の性質を有するため、身体検査令状に関する218条6項を準用し、令状には、医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせなければならない旨の条件の記載が不可欠です(最決昭和55.10.23)。

「医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせなければならない」旨の条件の記載がない令状は違法になります。

強制採尿令状(捜索差押許可状)の記載

捜索すべき場所、身体又は物被疑者の身体
差し押えるべき物被疑者の尿
捜索差押に関する条件医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせなければならない。

実務の運用

採取の対象必要な令状の種類
尿捜索差押許可状
血液鑑定処分許可状+身体検査令状
嚥下物捜索差押許可状+鑑定処分許可状
毛髪鑑定処分許可状+身体検査令状

採尿のための強制連行の可否

採尿のための令状のみで、被疑者を適当な採尿場所まで強制的に連行することはできるでしょうか。身柄を拘束されていない被疑者に対して強制採尿令状が発付された場合に問題になります。

肯定説

  1. 強制採尿令状(捜索差押許可状)の執行のために「必要な処分」(222条1項、111条1項)として連行できる(必要な処分説)。
  2. 強制採尿令状(捜索差押許可状)の効力として連行できる(令状効力説:判例
  3. 令状に連行を可とする記載がある場合にのみ連行できる(令状記載説)。

肯定説の根拠は、強制採尿を認めておきながら、その場所への同行を対象者が拒否した場合に連行できないとすると、強制採尿を認めた意味がなくなるという点にある。

否定説

  • 法は「人」に対する強制処分と「物」に対する強制処分を区別しているため、「物」に対する強制処分の令状によって人を連行することはできない。
  • 連行は、強制採尿とは別個の、移動の自由という異質の法益を侵害する独立の処分とみるべきであるから、強制採尿を許可する令状によっては行い得ない(リークエ2版159頁)。

最高裁は、令状効力説を採用しました。

強制採尿のための捜索差押許可状の効力として採尿の適する最寄りの場所まで被疑者を連行することができ、その際、必要最小限度の有形力を行使することができます。そう解さないと、当該令状の目的を達することができないだけでなく、このような場合に当該令状を発する裁判官は、連行の当否を含めて審査し、当該令状を発付したものとみられるからです(最決平成6.9.16)。

*上記判例は、「令状の効力として」連行できるとしましたが、「必要な処分」として連行できるとするのが学説の多数説です。

実務では、強制採尿令状(捜索差押許可状)の発付の際に、令状の「捜索差押えに関する条件等」の欄に、「採尿に適する最寄りの場所に連行することができる。」などと記載され、連行が許されることが明示されるようになっています。

連行条件不記載の場合の令状の効力

令状に連行を可とする旨が記載されていない場合、対象者を連行できないのでしょうか。

令状の効力により対象者を連行できると解する以上、連行を可とする旨の記載は必要的記載ではありません。したがって、疎明資料等により裁判官が連行の可否を審査したと解される場合に、不許可とする記載がない限り、採尿に適する最寄りの場所に連行することができます。

採尿手続に違法がある場合の尿の鑑定書の証拠能力

採尿手続に違法があると認められる場合であっても、直ちに尿の鑑定書の証拠能力が否定されるわけではありません。その違法の程度が令状主義の精神を没却するような重大なものであり、鑑定書を証拠として許容することが将来における違法捜査の抑止の見地から相当でないと認められる場合にその証拠能力が否定されます。

強制採血については、以下の記事を参照ください。

嚥下物の採取については、以下の記事を参照ください。

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