採血
採血には3種類あります。
- 同意による採血
- 体外に流出した血液の採取
- 強制採血
この中で、もっとも問題になるのが「強制採血」です。
①.対象者の同意がある場合
同意が真摯になされ、かつ、採取量も微量であり相当とされる態様で行われたのであれば、捜査機関が注射器を用いて行う血液採取は、任意処分として適法だとする見解が有力です(リークエ2版160頁)。
②.体外に流出した血液の採取
採取に伴う身体の損傷がないこと、流出した血液には流血者の排他的支配がないこと、強制力を用いていないことから、重要な権利利益の侵害はなく、「強制の処分」(197条1項但書)に当たりません。
そうだとしても、血液が遺伝情報を含むプライバシーの塊であり個人情報を引き出すことが可能である以上、これをむやみに採取されないという法的利益の侵害を伴うため、常に許容されるわけではなく、比例原則に従い、必要性、緊急性などを考慮し、具体的状況の下で相当と認められる限度で認められると解すべきです。
強制採血の可否
強制採血とは、対象者の同意を得ずに捜査機関が注射器を用いて強制的に血液を採取することをいいます。
強制採血は静脈内の血液を注射器を用いて採取するものであるから、必然的に身体の損傷を伴い、また、感染症等の健康被害をもたらすおそれもあるため、これを相手方の同意なく行うことは、個人の意思を制圧して、身体に実質的に制約を加えることになり、「強制の処分」(197条1項但書)に当たります。
もっとも、強制採血は、身体内部への侵襲は比較的軽度であり、生理現象を他人がコントロールするという面も小さく、また、屈辱感等の精神的打撃を与えて対象者の人格の尊厳を著しく傷つけるとまではいえないため、少なくとも医師が少量の血液を注射器で採取する等の態様である限り、許され得るというべきです(リークエ2版161頁)。
必要となる令状の種類
強制採血を実施するために必要な令状はどれでしょうか。強制採血の手続について定めた明文規定がないため問題になります。
この点については、以下のように様々な見解があります。
① 身体検査令状説
② 鑑定処分許可状説
③ 併用説
④ 条件付き捜索差押令状説
条件付き捜索差押許可状説
体内にある体液であっても体外に取り出されれば「物」になるため捜索差押許可状によるとの理解を前提に、強制採血も強制採尿と同様に条件付き捜索差押許可状によるとする見解です。
併用説(実務)
強制採尿の場合、その性質は捜索・差押えと解され、捜索差押許可状によってこれを行うべきであるとされますが、強制採血を捜索・差押えと解することはできません。
なぜなら、尿はいずれ体外に排出される廃棄物であるのに対し、体内の血液は生命を維持するために不可欠な人体の構成要素(身体の一部)であり、差押えの対象である「物」(222条1項、99条1項)に該当しないからです。また、血液採取のためには注射器によるなど専門的・技術的方法による必要があるうえ、軽微ではあるものの身体に傷害や痕跡が残ることから、法律上捜査機関が実施の主体とされている捜索・差押えには本来的になじみません。
そうすると、強制採血は、身体内部への侵襲を伴い、専門的知見に基づく処分であるから、鑑定のために必要な処分として、鑑定処分許可状が必要です(225条)。
また、捜査段階における鑑定受託者の行う必要な処分(225条)には、裁判所が行う検証としての身体検査や裁判所の命令に基づく鑑定における身体検査の場合に認められている直接強制についての規定(139条、172条)が準用されていない(225条4項、168条6項)ことから、身体検査令状も必要になります(218条1項)。
そして、強制採血の場合も、強制採尿の場合と同様、218条6項の条件として「医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせなければならない」旨の記載が必要と解すべきです。
*毛髪も血液と同様、身体の一部であるから「物」とみることはできません。身体検査令状と鑑定処分許可状が必要になります(有力説)。
強制採血は、体液の採取を行う点で強制採尿と同様ですが、必要とされる令状が異なります。
強制採尿は条件付き捜索差押許可状、強制採血は鑑定処分許可状と身体検査令状が必要です。
強制採血の場合に鑑定処分許可状に加えて身体検査令状が必要になるのは、鑑定処分許可状だけでは直接強制できないからです。
強制採尿 | 強制採血 | |
---|---|---|
身体への侵襲 | 比較的重度 | 比較的軽度 |
心理的屈辱感 | 大きい | 小さい |
対象の性質 | いずれ体外に排出される廃棄物 | 生命維持に不可欠な身体の構成要素 |
必要な令状 | 捜索差押許可状 ただし「医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせなければならない」旨の記載が必要 | 鑑定処分許可状と身体検査令状の併用 ただし「医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせなければならない」旨の記載が必要 |
実務の運用
採取の対象 | 必要な令状の種類 |
---|---|
尿 | 捜索差押許可状 |
血液 | 鑑定処分許可状+身体検査令状 |
嚥下物 | 捜索差押許可状+鑑定処分許可状 |
毛髪 | 鑑定処分許可状+身体検査令状 |
強制採尿については、以下の記事を参照ください。
嚥下物の採取については、以下の記事を参照ください。
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