趣旨
会社法354条(表見代表取締役)
株式会社は、代表取締役以外の取締役に社長、副社長その他株式会社を代表する権限を有するものと認められる名称を付した場合には、当該取締役がした行為について、善意の第三者に対してその責任を負う。
代表権を有するかのような名称を付した会社の帰責性を前提に、その名称を信頼して取引に入った第三者を保護する点にあります。
株式会社は、善意の第三者に対して、表見代表取締役がした行為についての責任を負います。
要件
【354条の要件】
- 代表取締役でない取締役に、代表する権限を有するものと認められる「名称」があること(代表権を有するかのような外観の存在)
- それを会社が「付した」こと
- 「善意の第三者」であること
要件①:代理権を有する外観の存在
Q.「取締役」でない「使用人」が代表権限を有しているように見えたとき、会社法354条を適用することはできるか。
「取締役」ではない者が代表権を有するかのような外観が生じている場合、354条を直接適用することはできません。
もっとも、代表権があるかのような名称が使用人(日常用語でいう「従業員」のことを指します。)に付された場合、354条の趣旨が妥当するため、354条が類推適用されます(最判昭和35.10.14)。
要件②:「付した」
名称を「付した」とは、名称使用を会社が黙認している場合も含みます(田中亘『会社法(第2版)』238頁)。
代表権のない者が代表権を有するかのような名称を使用することを、会社が許諾ないし黙認したのではなく、代表取締役の選任決議が無効になったことにより、代表権のない者が代表権を有するかのような外観が生じた場合、354条を直接適用することはできません。
もっとも、このような場合でも、代表取締役でない者が代表権を有するかのような外観を会社が作出し、第三者がこの外観を信じて取引に入ったといえ、354条の趣旨が妥当するため、354条の類推適用が認められます(最判昭和56.4.24)。
要件③:「善意の第三者」
354条の趣旨が、代表権を有するかのような名称を付した会社の帰責性を前提に、その名称を信頼して取引に入った第三者を保護する点にあることから、「第三者」とは、取引の直接の相手方に限られます。
重過失は悪意と同視できるため、「善意」とは、代表権の不存在について善意無重過失をいいます(最判昭和52.10.14百選4版46事件)。
354条と908条1項後段の関係
会社法908条(登記の効力)
1 この法律の規定により登記すべき事項は、登記の後でなければ、これをもって善意の第三者に対抗することができない。登記の後であっても、第三者が正当な事由によってその登記があることを知らなかったときは、同様とする。
2 ……
908条1項後段の「正当な事由」とは、災害等による登記所閉鎖や交通遮断等の客観的障害よって登記を閲覧しえない場合をいいます(田中亘『会社法(第2版)』47頁)。
登記されている場合には、「正当な事由」(908条1項後段)が認められない限り、悪意が擬制されることになります(悪意擬制説、多数説)。
とすると、登記されている場合には、たとえ代表権がない取締役に代表権があるかのような名称が付してあったとしても、908条1項後段により悪意と擬制される結果、354条の「善意の第三者」に当たらなくなるのではないかという問題が生じます。
この点については、354条が、908条1項後段に優先して適用されると解します(最判昭和42.4.28参照)。代表取締役らしい名称を信じた第三者になお登記の確認を求めるのは無理があり、会社による不当な責任逃れを助長しかねないからです(田中亘『会社法(第2版)』237頁)。
354条類推適用
【株主総会決議・取締役会決議の取消し等による代表取締役選任の無効】
Aは、株主総会決議で取締役に選任され、その後、取締役会決議で代表取締役に選任された。Aは自社所有の不動産を売却する契約をBと締結した。その後、Aを取締役に選任した株主総会決議が取り消された(831条1項)。この時、A・B間の不動産売買契約の効力が問題となります。
839条反対解釈により、株主総会決議取消判決には遡及効があります。そのため、AはBとの契約締結時に代表取締役でなかったことになるので、原則として代表取締役としてした行為の全てが無効となります。
もっとも、取引安全の要請から354条を類推適用し相手方が行為当時①本件決議に瑕疵があること、②瑕疵ある決議に基づいてAが選任されていることについて善意の相手方は保護されます。
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