[刑訴法]補強法則

刑事訴訟法

自白とは

自白とは、自己の犯罪事実の全部又は主要部分を認める旨の被告人の供述をいいます(川出敏裕『判例講座刑事訴訟法〔捜査・証拠篇〕』301頁)。

自白に関する規律

  • 犯人しか知らない事実がある
  • 自白はあえて被告人自ら不利益な事実を認める供述であるため、信用性が高い

↓しかし

  • 自白獲得のために、強制や拷問など強引な取調べが行われるおそれがある
  • 自白が過大に評価されると、虚偽の自白の場合に、無実の者を有罪にしてしまうおそれがある

↓そこで

  • 自白の採取に強制が加わらないように、証拠能力を制限する必要がある(自白法則
  • 誤判が生じないように、補強証拠を要求する(補強法則

自白には、証拠能力と証明力の両方から制限が加えられています。

自白法則は証拠能力を制限するものであり、補強法則は証明力を制限するものです。証拠能力の制限をクリアした後に、証明力が問題になります。

ここでは補強法則について検討していきます。

自白の証拠能力(自白法則、約束・偽計、反復自白、派生証拠)については、以下の記事を参照ください。

補強法則とは

いかに信用のおける自白であっても、それを唯一の証拠として有罪とすることはできず、有罪とするためには必ず自白以外の証拠(補強証拠)が必要です。これを補強法則といいます。

刑訴法319条2項は、憲法38条3項を受けて、本人の自白が唯一の証拠である場合には有罪にならないことを規定しています(補強法則)。

憲法38条(自己に不利益な供述、自白の証拠能力)

1 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

2 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。

3 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない

刑事訴訟法319条(自白の証拠能力・証明力)

1 強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。

2 被告人は、公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない

3 前二項の自白には、起訴された犯罪について有罪であることを自認する場合を含む。

補強法則は自由心証主義の唯一の例外です。

自由心証主義:「証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる」(刑訴法318条)

自由心証主義は、裁判官の理性を信頼して証拠の証明力の評価を裁判官の自由な判断に委ねたほうが実体的真実の発見により適合するという考えに基づくもの(『刑事事実認定入門第3版』17頁)。

補強法則に関しては、

  • 補強を要する範囲(罪体説と実質説)
  • 補強を要する程度(絶対説と相対説)
  • 補強証拠適格補強証拠能力

が問題になります。

「共犯者の自白と補強証拠」については、以下の記事を参照ください。

補強法則の趣旨

自白強要防止説

補強法則の趣旨は、自白以外の証拠に対する捜査の徹底を促し、自白の強要を防止することにある(百選10版178頁)。

∵自白だけで有罪とするとができるとすると、捜査機関が自白獲得のために違法な取調べをするおそれがある。

↑批判
自白強要の危険は自白法則(319条1項)で規制すべき問題であって、補強法則の役割ではない。

誤判防止説(判例)

補強法則の趣旨は、自白の過大評価・偏重からもたらされる誤判を防止することにある(百選10版178頁)。

∵自白は一般的に信用性も証拠価値も高いが、必ずしも真実に合致するとは限らない。自白がある場合には、裁判所は自白を安易に信用しやすく、誤判を生じるおそれがある。

練馬事件判決(最判昭和33.5.28)は、「実体的真実でない架空な犯罪事実が時として被告人本人の自白のみによって認定される危険と弊害とを防止するため、特に〔憲法38条〕3項」は、何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられないと規定して、被告人本人の自白だけを唯一の証拠として犯罪事実全部を肯認することができる場合であっても、それだけで有罪とされ又は刑罰を科せられないものとし、かかる自白の証明力(すなわち証拠価値)に対する自由心証を制限し、もって、被告人本人を処罰するには、さらに、その自白の証明力を補充し又は強化すべき他の証明(いわゆる補強証拠)を要するものとしているのである。すなわち、憲法38条3項の規定は、被告人本人の自白の証拠能力を否定または制限したものではなく、また、その証明力が犯罪事実全部を肯認できない場合の規定でもなく、かえって、証拠能力ある被告人本人の供述であって、しかも、本来犯罪事実全部を肯認することのできる証明力を有するもの、換言すれば、いわゆる完全な自白のあることを前提とする規定と解する」と述べています。
*「完全な自白のあることを前提とする」=自白だけで合理的な疑いを超える心証が得られる場合に初めて補強法則が問題になる、ということ。自白だけで合理的な疑いを超える心証が得られない場合には、被告人を有罪にするために自白以外の証拠が必要なことは、319条2項がなくても当然(古江頼隆『事例演習刑事訴訟法(第2版)』306頁)。

補強を要する範囲

補強を要するのは、犯罪事実のうちどの事実についてなのでしょうか。

実質説(判例)

補強を要する範囲は、犯罪事実のうち、自白の真実性を担保(保障)し、誤判を防止するために必要な範囲で足りる(古江頼隆『事例演習刑事訴訟法(第2版)』308頁)。

∵補強法則の趣旨(誤判防止説)。

罪体説(学説上の通説)

罪体(犯罪事実の客観的側面)の重要な部分について補強を要する。

∵犯罪の主観的側面は被告人の内心の問題であり、自白のほかに証拠がないことが通常であるため、補強証拠を要求することは酷である。

最判昭和24.4.30は、「自白を補強すべき証拠は必ずしも自白に係る犯罪構成事実の全部に亘ってもれなくこれを裏付けするものであることを要しないのであって、自白にかかる事実の真実性を保障し得るものであれば足るのである。而して本件において前示聴取書の記載は本件犯罪構成事実の一部を証するものであっても、被告人の自白にかかる事実の真実性を十分に保障し得るものであるから、原判決は被告人の自白のみによって判示事実を認定したものということはできない」と述べています。

被告人の犯人性

判例は、被告人の犯人性については必ずしも補強証拠を要するものではないとしています。

最判昭和24.7.19は、被告人が犯人であることについて補強証拠が必要かについて、「自白の補強証拠というものは被告人の自白した犯罪が架空のものではなく、現実に行われたものであることを証するものであれば足りるのであって、その犯罪が被告人によって行われたという犯罪と被告人との結びつきまでをも証するものであることを要するものではない」としました。

最判昭和30.6.22も、「被告人が犯罪に実行者であると推断するに足る直接の補強証拠が欠けていても、その他の点について補強証拠が備わり、それと被告人の自白とを綜合して本件犯罪事実を認定するに足る以上、憲法38条3項の違反があるということはできない」としました。

犯罪の主観的要素

判例は、犯罪の主観的要素についても必ずしも補強証拠を要するものではないとしています。

最判昭和24.4.7は、犯罪の主観的要素に補強証拠が必要かについて、「自白以外の補強証拠によって、すでに犯罪の客観的事実が認められ得る場合においては、……犯意とか知情とかいう犯罪の主観的部分については、自白が唯一の証拠であっても差し支えないものと言い得る」としました。

最判昭和25.11.29も、犯罪の主観的要件について、「その直接の証拠は当該公判廷外の被告人の自白のみであっても、その客観的構成要件たる事実について他に確証があって、右被告人の自白の真実性が保障せられると認められる以上、それ等の各証拠を綜合して、犯罪事実の全体を認定することは適法である」としました。

補強を要する程度

補強証拠によってどの程度の証明がなされる必要があるのでしょうか。

相対説(判例)

自白と補強証拠が相まって全体として犯罪事実を認定できるのであれば足りる。自白の証明力との相関で補強証拠に要求される証明力の程度が決まるから、当該自白の証明力が高ければ補強証拠の証明力は相対的に低くてもよい(リークエ2版454頁)。

絶対説(学説上の通説)

自白と切り離して、補強証拠だけで犯罪事実の存在を一応証明する程度の証明力が必要である。

最判昭和24.4.7は、補強証拠独自の証明力は問題とせず、「被告人の自白と補強証拠と相待って、犯罪構成要件たる事実を総体的に認定することができれば、それで十分事足る」と述べています。

論証例(相対説)

補強法則について、自白だけで合理的な疑いを超える心証を得ることができることを前提にしてなお万が一の誤りを防止するためとの趣旨と解するのであれば、補強証拠だけで合理的な疑いを容れない程度までの証明力は必要ではなく、補強証拠は、自白の真実性を保障するに足る程度の証明力でよい(古江頼隆『事例演習刑事訴訟法(第2版)』311頁)。

補強証拠適格(補強証拠能力)

補強証拠となり得る証拠はどのような証拠でしょうか。

まず、補強証拠も犯罪事実を認定するための実質証拠であるから、証拠能力があることが必要です。もっとも、直接証拠でも間接証拠でも差し支えありません。

また、自白を偏重することによる誤判を防止するということが補強法則の趣旨であるから、補強証拠は自白から実質的に独立した証拠でなければなりません。被告人の自白を被告人の反復自白ないし不利益事実の承認で補強することができないのは、そのためです。被告人から犯行について告白を受けた者の供述も、被告人の自白を内容とする場合、誤判の防止には役立たないため、補強証拠適格が否定されます(最判昭和30.6.17)。

東京高判平成22.11.22は、被告人が無免許運転した旨自白した事例で、本判決は、警察官が事件直後に被告人から事情聴取した内容を記載した捜査報告書や、被告人の指示説明のとおりに見分した結果を記載した実況見分調書について、「被告人の自白を基にして作成されたものであって、本件道路における被告人の運転行為についての補強証拠となり得ない」としました。

論証例

補強証拠は、犯罪事実認定のための実質証拠であるから、①証拠能力を有しなければならないことは当然であり、さらに、補強法則の趣旨が、裁判官が自白を偏重することによる誤判を防止することにあるから、被告人の自白を被告人の供述(自白、自白以外の不利益事実の承認)で補強しても、自白偏重による誤判の防止には役立たないので、②自白から実質的に独立した証拠でなければならないと解すべきである。そして、当該証拠は、直接証拠のみならず、間接証拠であっても差し支えない(古江頼隆『事例演習刑事訴訟法(第2版)311頁』)。

具体的検討

無免許運転罪

「運転行為のみならず、運転免許を受けていなかったという事実についても、被告人の自白のほかに、補強証拠」が必要である(最判昭和42.12.21)。

∵自動車を運転した事実は無色透明な社会的事実に過ぎないから、これを違法なものにするためには、運転免許を取得していない事実も、自白の真実性を保障するために必要な客観的事実であるといえるから。

覚せい剤取締法違反罪

覚醒剤取締法違反罪の「法定の除外事由がない」という事実について、「法定除外事由の不存在は、同法違反罪の積極的犯罪構成要件要素ではなく、覚せい剤を自己使用し、所持し又はこれを譲り渡すという事実があれば直ちに同法違反罪を構成し、法定の除外事由があるということは、その犯罪の成立を阻却する事由であるにすぎ」ず、その点についての被告人の自白には補強証拠は不要である(東京高判昭和56.6.29)。

不法在留罪

不法在留の犯罪事実については、「外国人が日本に在留する行為自体は犯罪行為としての性質を持つものではな」く、これが違法となるのは、入管法「3条の規定に違反して」日本に「入ったという事実があることによるもの」だから(←この事実は不法在留罪の犯罪構成要件要素であるという趣旨)、不法在留罪の成立を認めて被告人を有罪とするためには、被告人が日本に在留した事実だけでなく、入管法「3条の規定に違反して」日本に「入った事実についても、被告人の自白のほかに補強証拠が必要である」(東京高判平成19.11.5)。

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