制度趣旨
当事者主義的訴訟構造をとる現行法の下では、審判対象の設定は検察官の専権です。
しかし、刑訴法は、裁判所による訴因変更命令制度を設けました(312条2項)。
刑訴法が訴因変更命令制度を設けたのは、訴因制度の下では、裁判所が審理の結果ある犯罪事実について有罪の心証を抱いたとしても、その内容が訴因と異なる場合、無罪を言い渡すほかないが、それでは著しく真実発見を害するからです。つまり、訴因変更命令制度の趣旨は、裁判所と検察官の判断の不一致から生じる不当な無罪判決を回避することにあります。
刑事訴訟法312条(起訴状の変更)
2 裁判所は、審理の経過に鑑み適当と認めるときは、訴因又は罰条を追加又は変更すべきことを命ずることができる。
訴因変更命令義務の有無
問題の所在
訴因変更命令制度は、当事者主義の下ではあくまで例外的措置です。裁判所と検察官の判断の不一致があるが、検察官が訴因変更請求をしない場合、裁判所としては、まず求釈明という形で訴因変更請求を事実上促すべきです。それにもかかわらず、検察官が訴因変更請求をしない場合に訴因変更命令をすることができます。
312条2項は、「命ずることができる」としか規定していません。裁判所に命令義務まであるのでしょうか。
裁判所が、検察官との間に判断の不一致があることに気付きながら放置し被告人に無罪判決を言い渡すことは、審理不尽の違法に当たるのでしょうか。
原則
上記訴因変更命令制度の趣旨から、裁判所は原則として自ら進んで検察官に訴因変更手続を促しまたはこれを命ずる義務はないと解すべきです。
例外
不当な無罪判決を回避し、真実発見を図るため、起訴状記載の訴因については無罪とするほかなくても、他の訴因に変更すれば有罪であることが証拠上明らかであり(証拠の明白性)、しかもその罪が相当重大なものであるような場合には(犯罪の重大性)、例外的に、訴因変更を促しまたはこれを命ずる義務があり、これをしないで起訴状記載の訴因について直ちに無罪の判決をすることは審理不尽の違法があると解すべきです(最決昭和43.11.26)。
もっとも、その後の最高裁判例は、証拠の明白性や犯罪の重大性だけでなく、公判審理における検察官の訴因に関する訴訟態度や、これに応じる被告人側の防御活動などの諸事情も考慮して、命令義務の有無を判断すべきであるとしています(最判昭和58.9.6。最判平成30.3.19)。
伊勢市発砲事件(最決昭和43.11.26)は、「裁判所は、原則として、自らすすんで検察官に対し、訴因変更手続を促しまたはこれを命ずべき義務はない」としながら、「殺人の訴因については……無罪とするほかなくても、……これを重過失致死の訴因に変更すれば有罪であることが証拠上明らかであり、しかも、その罪が重過失によって生命を奪うという相当重大なものであるような場合」には、「例外的に、……訴因変更手続を促しまたはこれを命ずべき義務がある」としました。
最判昭和58.9.6は、検察官が約8年半に及ぶ審理過程を通じて一貫して当初の主張を維持し、これを変更する意思はない旨明確かつ断定的な釈明をしたこと、被告人の防御活動もその主張を前提としてなされたこと、被告人を有罪とすれば不起訴とされた他の共犯者との間に著しい処分上の不均衡を生ずること等の諸事情の下では、裁判所は、「求釈明によって事実上訴因変更を促」せば足り、「訴因変更を明示又はこれを積極的に促すなどの措置に出るまでの義務を有するものではない」としました。
*この判例は、上記昭和43年の判例法理では証拠の明白性と犯罪の重大性が認められ「義務あり」とされうる事案でした。
先天性ミオパチー事件(最判平成30.3.19)は、公判前整理手続や公判期日における検察官の訴訟態度を詳細に検討し、「訴訟経緯、本件事案の性質・内容等の記録上明らかな諸般の事情に照らしてみると、…裁判所としては、検察官に対して、…求釈明によって事実上訴因変更を促したことによりその訴訟上の義務を尽くしたものというべきであり、更に進んで、検察官に対し、訴因変更を命じ又はこれを積極的に促すなどの措置に出るまでの義務を有するものではない」としました。
訴因変更命令の効果
訴因変更命令に検察官が従わない場合に、裁判所は訴因が変更されたものとして有罪判決を下すことができるでしょうか。形成力の有無が問題になります。
形成力を肯定すると、裁判所が直接に審判対象を設定できることになり、当事者主義的訴訟構造に反するため、形成力は否定すべきです。
最判昭和40.4.28は、「検察官が裁判所の訴因変更命令に従わないのに、裁判所の訴因変更命令により訴因が変更されたものとすることは、裁判所に直接訴因を動かす権限を認めることになり、かくては、訴因の変更を検察官の権限としている刑訴法の基本的構造に反するから、訴因変更命令に…〔そ〕のような効力を認めることは到底できない」としました。
関連論点
関連論点
訴因の特定については、以下の記事を参照ください。
訴因変更の要否については、以下の記事を参照ください。
訴因変更の可否については、以下の記事を参照ください。
訴因変更の許否については、以下の記事を参照ください。
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