違法収集証拠排除法則
違法収集証拠排除法則とは、証拠の収集手続に違法があった場合に、その結果得られた証拠の証拠能力を否定し、事実認定の資料から排除するという原則をいいます。
証拠能力が否定されると、317条の「証拠」に当たらないことになります。
違法収集証拠排除法則は、判例によって認められた原則であり、明文の規定はありません。
まずは、どのような場合に問題になるのかを押さえましょう。
違法収集証拠の証拠能力を否定する根拠
根拠として3つの考え方があります。
適正手続の保障
被告人の権利利益を違法に侵害する手段によって獲得された証拠を用いて当該被告人を処罰することは、手続的正義に反するものであり、適正な手続の保障を害する(リークエ2版417頁)。
司法の廉潔性
裁判所が捜査機関の違法に収集した証拠を許容すると、司法に対する国民の信頼を失わせてしまうため、国民の司法に対する信頼を確保・維持するために違法収集証拠を排除する必要がある(古江頼隆『事例演習刑事訴訟法(第2版)』391頁)。
将来の違法捜査の抑止
違法に収集された証拠の使用を禁止することによって、将来において同様の違法な証拠収集活動が行われるのを抑止すべき(リークエ2版417頁)。
解釈論・排除の要件
【証拠排除の要件】
- 押収等の手続に、憲法35条、刑訴法218条1項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があること(「違法の重大性」要件)
- これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地から相当でないと認められること(「排除相当性」要件)
→1と2を満たす場合に、その手続で得られた証拠物の証拠能力は否定される(重畳要件説)。
*①「違法の重大性」要件と②「排除相当性」要件を並列にみる見解(並列要件説)もあります。
違法に収集された証拠物の証拠能力については、憲法にも刑訴法にも明文規定が置かれていません。
憲法35条・31条は、憲法38条2項と異なって、証拠排除の規定を置いていないため、これらの規定から、それに反して収集された証拠の排除を導き出すことは困難です。したがって、この問題は刑訴法の解釈に委ねられています。
刑訴法1条は、事案の真相を明らかにすることを目的としています。証拠物は押収手続が違法であっても、物それ自体の性質・形状に変異をきたすことはなく、その証拠価値に変わりはないことなど証拠物の証拠としての性格に鑑みると、その押収手続に違法があるからといって直ちにその証拠能力を否定することは、事案の真相究明に資さず相当ではありません。
しかし、刑訴法1条は、事案の真相の究明も、個人の基本的人権の保障を全うしつつ、適正な手続の下でされなければならないとするものであって、同条の定める基本的人権の保障と適正な手続は、いずれも憲法35条・31条に根差す重要なものであるから、押収手続にいかに重大な違法があろうとも証拠能力は否定されないと解することもまた相当ではありません。
したがって、違法収集証拠排除法則の実質的根拠は、①司法の無瑕性・廉潔性の保持、②将来の違法捜査抑止にあるというべきであり、この2つの排除根拠から、❶証拠物の押収等の手続に憲法35条及びこれを受けた刑訴法218条1項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり(①から)、かつ、❷これを証拠として許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合には(②から)、その証拠能力は否定されると解すべきです(最判昭和53.9.7)。
違法収集証拠に対する同意の効力
違法収集証拠排除法則の要件を満たしている違法収集証拠について、被告人がそれを証拠とすることに同意している場合、証拠能力を認めてもいいのでしょうか。
原則
326条の同意は、当事者に処分権があることを前提に、証拠能力を付与する訴訟行為であるとされています(証拠能力付与説)。したがって、違法な手続に基づいて作成された書面であっても、被告人の同意があれば証拠能力が認められます。また、供述証拠ではなく違法に収集された証拠物であっても、被告人の同意があれば同条を準用し、証拠能力が認められると解すべきです。
判例も、原則として証拠能力を認めています(最判昭和36.6.7)。
例外
もっとも、被告人に処分権があることが前提であるため、違法の程度が著しく重大である場合は、司法の廉潔性の保持と将来の違法捜査抑止の観点から、被告人の同意にかかわらず、証拠能力は否定されるべきです。
福岡高判平成7.8.30は、違法収集証拠に対する同意があったものの、証拠能力を否定しました。
申立適格
Q.被告人が違法行為の被処分者ではない場合でも、証拠排除の申立てをすることができるでしょうか。
違法収集証拠排除法則の根拠は、司法の廉潔性の保持と将来の違法捜査の抑止にあります。捜査機関の違法行為によって権利を侵害された者が誰であろうと、司法の廉潔性の保持や将来の違法捜査の抑止には無関係であるため、被告人も、第三者に対する違法行為を理由に、証拠排除の申立てをすることができます。
重要判例
最判昭和53.9.7
警察官が、職務質問に付随する所持品検査として、覚せい剤所持の嫌疑のあるX(被告人)の内ポケットに、Xの承諾なく、手を入れて中身を取り出したところ、ビニール袋に入った覚せい剤を発見。Xを覚せい剤所持の現行犯人として逮捕。逮捕に伴う無令状捜索・差押えとして、上記覚せい剤を差し押さえた。
最高裁は、
- 職務質問の要件を充足し、かつ、所持品検査の必要性と緊急性が認められる
- 所持品検査に際し強制等もされていない
- 所持品検査として許容される限度をわずかに超えたに過ぎない
- 令状主義に関する諸規定を潜脱しようとする意図はなかった
ことから、押収手続の違法は重大であるとはいえず、将来の違法捜査抑止の見地からも、証拠に供することが相当でないとは認められないとして、当該覚せい剤の証拠能力を肯定しました。
最決平成8.10.29
X(被告人)には覚せい剤所持の嫌疑があり、警察官は、捜索差押許可状を得て、X方を捜索し、覚せい剤のような粉末を発見。警察官らが、Xの襟首をつかんで後ろに引っ張り、左脇腹を蹴り、倒れたXに対し、さらに左脇腹や背中等を蹴った。その後、上記粉末について予試験を実施し、覚せい剤犯のがあったため、Xを現行犯逮捕し、上記覚せい剤を差し押さえた。警察署に引致後、Xが任意提出した尿の鑑定をした結果、覚せい剤成分が検出された。
最高裁は、警察官らによる暴行は、証拠物の発見の後になされたものであり、証拠物の発見を目的とし捜索に利用するために行われたものとは認められないから、当該覚せい剤は警察官の違法行為の結果収集された証拠物ではないとして、証拠能力を肯定しました。
最判平成15.2.14(大津覚せい剤事件)
X(被告人)には窃盗を被疑事実とする逮捕状が発付されていた。警察官は、逮捕状を携帯せずに、Xの身柄を拘束するためX方に行った。そして、その場から逃走したXを追いかけ、逮捕し、警察署に連行した。その後、警察署で逮捕状を呈示した。しかし、逮捕状と捜査報告書には、逮捕現場で逮捕状を呈示した旨の虚偽の記載をした。Xが任意提出した尿を鑑定した結果覚せい剤成分が検出されたため、捜索差押許可状を得て、既に発付されていた窃盗事件についての捜索差押許可状と併せて、X方を捜索し、覚せい剤を差し押さえた。
最高裁は、尿とその鑑定書の証拠能力について、「警察官は、その手続的な違法を糊塗するため、……逮捕状への虚偽事項を記入し、内容虚偽の捜査報告書を作成し、更には、公判廷において事実と反する証言をしているのであって、本件の経緯全体を通して表れたこのような警察官の態度を総合的に考慮すれば、本件逮捕手続の違法の程度は、令状主義の精神を潜脱し、没却するような重大なものである……。そして、このような違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容することは、将来における違法捜査抑止の見地からも相当でない」として、証拠能力を否定しました。
「違法性の承継」、「毒樹の果実」については、以下の記事を参照ください。
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