制度趣旨
緊急逮捕とは、検察官、検察事務官又は司法警察職員が、死刑又は無期もしくは長期3年以上の懲役・禁錮に当たる罪を犯したと疑うに足りる十分な理由がある場合に、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときに、その理由を告げて、令状のないまま被疑者を逮捕することをいいます(吉開多一『基本刑事訴訟法Ⅰ』88頁)。
憲法が明文で事前の令状によらない逮捕を認めているのは現行犯の場合だけです。しかし、現行犯ではなくても、嫌疑が濃厚であるが逮捕するために令状を取っている余裕がない場合もあります。このような場合に対応するために設けられたのが、事前の令状なしで逮捕したうえで事後に令状審査を行う緊急逮捕です。
要件
【実体的要件】
- 犯罪の重大性:「死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪」(210条1項)
- 嫌疑の充分性:「罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由」(210条1項)
- 逮捕の緊急性:「急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができない」(210条1項)
- 逮捕の必要性:明らかに逮捕の必要がない場合でないこと(199条2項但書参照)
刑事訴訟法210条(緊急逮捕)
1 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができる。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
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要件①犯罪の重大性
「死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪」か否かは、法定刑を基準にします。従犯の場合は刑が減軽されますが(刑法63条)、減軽された後の刑ではなく、正犯の法定刑で判断します。
要件②嫌疑の充分性
「罪を犯したと疑うに足りる十分な理由」(嫌疑の充分性)とは、通常逮捕の場合の「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」(199条1項)よりも嫌疑が高いことを意味し、勾留の「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」(207条1項、60条1項)よりも低い嫌疑で足りると解するのが一般的です。
要件③逮捕の緊急性
「急速を要し、裁判官の令状を求めることができない」(逮捕の緊急性)とは、すぐに逮捕しなければ被疑者が逃走し、または罪証隠滅する可能性が高く、逮捕状を請求している時間的余裕がない場合をいいます(吉開多一『基本刑事訴訟法Ⅰ』90頁)。
要件④逮捕の必要性
199条2項但書は通常逮捕の条文であり、逮捕の必要性は通常逮捕の要件です。しかし、緊急逮捕の場合も、211条は199条2項但書を準用してはいないものの、逮捕の必要性が不要とされる合理的な理由はなく、刑訴規則143条の3が適用されることから逮捕の必要性が要件になると解されています(古江頼隆『事例演習刑事訴訟法(第2版)』58頁)。
【手続的要件】
- 「理由」の告知
- 逮捕後直ちに逮捕状の請求をすること
- 裁判官が令状(逮捕状、200条)を発付すること(210条1項・2項)
被疑者に告げるべき「理由」は、犯罪の十分な嫌疑の存在(被疑事実の要旨)と急速を要し逮捕状によることができないことの2つです。
「直ちに」とは、逮捕状を要求するまでの間に無駄な時間はなかったといえることを指します(吉開多一『基本刑事訴訟法Ⅰ』90頁)。
210条1項の緊急逮捕状の請求を受けた令状裁判官は、①緊急逮捕の時点における210条1項の要件の存否と、②令状審査の時点における通常逮捕の要件(逮捕の理由と逮捕の必要性)の存否を判断します。①の審査では緊急逮捕後の事情は考慮しません。緊急逮捕後の事情は②の審査で考慮します。①②の各要件をともに充足する場合にはじめて緊急逮捕状が発付されるため、緊急逮捕自体が適法であっても逮捕状が発付されないこともあります。逮捕状が発せられないときは被疑者を直ちに釈放しなければなりません。
緊急逮捕と通常逮捕の違い
【緊急逮捕】
- 死刑又は無期もしくは長期3年以上の懲役・禁錮に当たる罪に限定されている
- 被疑者に「理由」を告げなければならない
- 逮捕後に直ちに裁判官に令状を請求しなければならない
【通常逮捕】
- 一定の軽微事件では制限がある(199条1項但書)が、それ以外は罪名に限定はない
- 「理由」を告げなくてよい
- 逮捕後に裁判官に令状を請求する必要はない
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