[刑訴法]逮捕前置主義・事件単位の原則

刑事訴訟法

逮捕前置主義

逮捕前置主義とは、被疑者の勾留には逮捕が先行しなければならないとする原則です。

形式的根拠:
207条1項が「前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は」と規定しているため、被疑者の勾留請求は逮捕していることが前提となります。

実質的根拠:
被逮捕者に二重の司法審査を受けさせることにより身柄の拘束に慎重を期すことにあると考える二重の審査説があります。しかし、二重の審査説は、逮捕の際に司法審査を経ない現行犯逮捕の場合を説明できません。また、逮捕前置主義の根拠が二重の司法審査を経ることにあるのであれば、最初に短期の拘束、次に長期の拘束である必要はなく、刑訴法が短期の拘束(=逮捕)と長期の拘束(=勾留)とを組み合わせたこと(2つの身柄拘束の期間に大きな差異があること)を説明できていません(古江頼隆『事例演習刑事訴訟法(第2版)』61頁)。

そこで、逮捕前置主義の根拠については、逮捕・勾留が重大な基本権侵害を伴う処分であることに鑑みて、比較的短期の身柄拘束を先行させて、できる限り捜査を尽くさせたうえで、長期の身柄拘束の必要性を検討することにより、不必要に長期にわたる身柄拘束を避け、被疑者の利益を図る点にあると考えるべきです。

逮捕の効力が及ぶ範囲

逮捕が前置されているか(逮捕の効力が勾留に及ぶか否か)については、人単位説事件単位説があります。

傷害罪で逮捕された被疑者を詐欺罪で勾留することができるでしょうか。

人単位説

逮捕が前置されているか否かについて、被疑者ごとに判断する見解です。

理由:1人に同時に2つ以上の身柄拘束があるというのは不自然。
   既に逮捕されていれば逃亡・罪証隠滅のおそれは現実にはない。

この見解によると、傷害罪で既に逮捕されている被疑者について、詐欺罪で勾留することも許されることになります。

事件単位説(通説)

逮捕が前置されているか否かについて、事件ごとに判断する見解です。

理由:逮捕・勾留の効力を令状記載の被疑事実に限定することによって、身柄拘束の理由を明確にし被疑者の人権保障を図ることができる。

この見解によると、傷害罪で逮捕されている被疑者について、詐欺罪で勾留することは許されず、詐欺罪で勾留するためにはまず詐欺罪で逮捕しなければならないことになります。

もっとも、一定の密接な関係にある場合は、逮捕前置主義の趣旨に反しないとして例外的に許される場合があります。例えば、窃盗で逮捕したが後に被疑者が行ったのは盗品譲受けであると判明し盗品譲受け罪で勾留することは許されています。

事件単位説における「事件」の範囲

被疑事実の同一性

逮捕前置主義の趣旨が、逮捕・勾留が重大な基本権侵害を伴う処分であることに鑑みて、比較的短期の身柄拘束を先行させて、できる限り捜査を尽くさせたうえで、長期の身柄拘束の必要性を検討することにより、不必要に長期にわたる身柄拘束を避け、被疑者の利益を図ることにあるため、逮捕の根拠となった被疑事実と勾留請求の基礎となる被疑事実との間には、同一性が認めれなければなりません(被疑事実の同一性)

被疑事実の同一性の有無については、単に事実同士の日時や場所といった形式的な点を重視して被疑事実が両立するかどうかを判断するのではなく、もう一度逮捕手続から司法審査をする必要があるのか、あるいは、同一の手続内で処理することが可能であるのかといった観点から、被疑事実の背景となる事情、被疑者の弁解の状況などを総合考慮し、基本的事実の同一性があるのかどうかを判断します(名古屋地決平成20.6.26)。

名古屋地決平成20.6.26

【事案】自宅における覚せい剤の共同所持で通常逮捕→車内における覚せい剤の共同所持で勾留請求。両事実に被疑事実の同一性がなく逮捕前置主義に反するのではないかが問題になりました。

【判旨】「刑事訴訟法が、逮捕前置主義を採用し、逮捕事実と勾留請求事実に同一性が認められない限り、勾留請求を却下すべきとしているのは、逮捕状請求と勾留請求の二段階において、司法審査を行うことにより、勾留という被疑者にとって長期間に及ぶ身柄拘束について、慎重な審査を行うためであると解される。そうすると、被疑事実の同一性を判断するには、単に事実同士の日時や場所といった形式的な点を重視し、被疑事実が両立するかどうかを判断するのではなく、もう一度、逮捕手続から司法審査をする必要があるのか、あるいは、同一の手続内で処理することが可能であるのかといった観点から、被疑事実の背景となる事情、被疑者の弁解の状況などを総合的に考慮し、基本的事実の同一性があるのかどうかを判断する必要がある。」
本件逮捕事実と本件勾留請求事実は、「法的には同一の事実と評価するべきものであり、基本的事実の同一性が認められる。」

実体法上一罪説

住居に侵入し、財物を窃取した事案において、被疑者を住居侵入の事実で逮捕し、窃盗の事実で勾留請求できるでしょうか。

(事件単位説に立ち)[逮捕前置主義の趣旨]から[被疑事実の同一性]の規範を導くところまでは上記と同様です。

逮捕の根拠となった被疑事実と勾留請求の基礎となる被疑事実との間に同一性が必要だとすると、逮捕事実たる住居侵入事実と勾留請求事実たる窃盗事実には被疑事実の同一性がなく勾留できないとも思えます。

そこで、ここでいう「被疑事実の同一性」とは何かが問題になります。

「被疑事実の同一性」とは、実体法上の一罪については1個の刑罰権しか発生しない以上、その範囲内にある事実は刑訴法上も1個のものとして扱うべきであることから、実体法上一罪を構成する事実を含むと解すべきです(実体法上一罪説)。

そうだとすると、住居侵入事実と窃盗事実は牽連犯の関係にあり実体法上一罪として処理されるため、被疑事実が同一であることになり、窃盗での勾留が認められます。

付加してなされた勾留請求

では、A事実(傷害)で逮捕された被疑者を、A事実+B事実(傷害+詐欺)で勾留することはできるでしょうか。

A事実について逮捕されており適法に勾留されるのであれば、A事実とB事実の両方に身柄拘束の理由と必要が認められる場合には、A事実+B事実で勾留できるとするのが一般的です。

両事実での勾留を認めるのは、仮に、A事実+B事実で勾留することを許さず、B事実で勾留するには改めてB事実で逮捕することが必要であるとすると、かえって被疑者の身柄拘束期間が長くなって被疑者に不利益になってしまうからです。

事件単位の原則

事件単位の原則とは、逮捕・勾留の効力は、逮捕・勾留の基礎となっている被疑事実にのみ及び、それ以外の事実には及ばないとする原則です。逮捕・勾留するには被疑事実が必要とされ、裁判官は被疑事実を単位として逮捕・勾留の可否について審査するから、令状主義の趣旨からしても事件単位の原則によるのが妥当であるとされています(吉開多一『基本刑事訴訟法Ⅰ』79頁)。

この原則からは、同一人を別の被疑事実で同時に逮捕・勾留することが認められます(二重逮捕・勾留)。つまり、傷害罪で現に逮捕・勾留されている被疑者を、詐欺罪で逮捕・勾留することも可能です。

また、事件単位の原則からは、原則として、逮捕・勾留の要件を検討する場合に別の被疑事実(余罪)を考慮することは許されず、当該被疑事実についてしか考慮できません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました