前提
訴因については、
- 訴因の特定
- 訴因変更の要否
- 訴因変更の可否
- 訴因変更の許否
の4つの論点があります。
上記2~4は、順に、訴因変更が必要なのか(要否)、必要だとしてそれが可能か(可否)、可能だとして裁判所はそれを許すべきか(許否)ということです。
事例問題を解く際、何が問題になっているのか間違えないよう注意してください。
ここでは、訴因変更の要否について検討していきます。
問題の所在
訴因が特定されていることを前提に(訴因が特定されていなければ公訴棄却)、訴因として掲げられた事実と裁判所が証拠により心証を得た事実とが食い違っている時に、裁判所はその訴因のまま心証通りの事実を認定してよいか、心証通りの事実を認定するためには訴因変更を経なければならないか、というのが「訴因変更の要否」の問題です。
当事者主義的訴訟構造(256条6項、298条1項、312条1項)の下では、検察官が訴因を設定します。訴因とは、具体的な罪となるべき事実をいい、裁判所は起訴状記載の訴因の枠内で事実を認定することを要し(訴因の拘束力)、訴因外の事実を認定するには原則として訴因変更手続を採らなければなりません(312条1項、2項)。訴因逸脱認定をすると、不告不理の原則に反し、絶対的控訴理由になります(378条3号)。
とはいえ、訴因の拘束力を厳格に考えると、審理の経過中、事実のズレが生じるたびに訴因変更を要することになり、手続の煩瑣を招き、迅速な裁判の要請に反し、ひいては被告人の利益にも反することになります。
では、どのような場合であれば、裁判所は訴因変更手続を経ずに訴因と異なる事実を認定することができるのでしょうか。
判断枠組
上記の通り、多少の事実の食い違いでも常に訴因変更が必要だとすることは訴訟不経済です。
そこで、事実に重要なあるいは実質的な差異が生じた場合に訴因変更が必要であると解すべきです。
もっとも、重要なあるいは実質的な差異が生じたかどうかの判断基準について法は何ら規定していないため、訴因の機能から考える必要があります。
訴因には、審判対象の画定及び防御範囲の明示という機能があり、審判対象が画定されればおのずと防御範囲も明確になることから、訴因の第一次的機能は審判対象の画定にあります。
そうすると、訴因の設定権は検察官にあり、裁判所は訴因に拘束され、訴因と異なる事実を認定できないことから、①訴因の記載として不可欠な部分(罪となるべき事実の特定に不可欠な事項)について裁判所が訴因と異なる認定をする場合には、審判対象の画定の見地から、常に訴因変更手続が必要と解すべきです。[第1段階](例外はありません)
他方、②罪となるべき事実の特定に不可欠とはいえない事項が訴因において明示された場合に、判決においてそれと異なる事実を認定するには、審判対象の画定の見地からは訴因変更手続を要しませんが、争点明確化による被告人の防御・不意打ちの防止の観点からは、変動する事項が、一般的に、被告人の防御にとって重要な事項である限りは、原則として訴因変更手続が必要と解すべきです。[第2段階の原則論]
もっとも、③②の場合であっても、この訴因変更手続は争点明確化による被告人の防御・不意打ち防止の観点から必要とされるものであるから、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らして、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が訴因記載の事実に比べて被告人に対してより不利益とはいえない場合には、例外的に訴因変更手続は不要と解すべきです(最決平成13.4.11)。[第2段階の例外論]
- 訴因の機能は、①審判対象の画定、②防御範囲の明示。①が第1次的機能。
- 第1段階の判断枠組は、審判対象の画定の見地からの枠組み。
- 第2段階の判断枠組は、被告人の防御の見地からの枠組み(訴因の機能とは関係のない別の根拠である「争点明確化による不意打ち防止の要請」から導かれる)。
効果について
訴因逸脱認定は、「審判の請求を受けない事件について判決をした」(378条3号)として、絶対的控訴理由になります。
問題は、平成13年判決の第2段階違反の場合です。これも「訴因逸脱認定」に当たるのでしょうか。
愛2段階の判断枠組は、上述のとおり、争点明確化による不意打ち防止の要請から導かれるものであり、本来の訴因の拘束力(審判対象画定機能)の問題ではありません。不意打ち防止の要請違反という法令違反の問題にとどまるとして相対的控訴理由になると解されます。
判例
共同正犯の実行行為者(最決平成13.4.11百選10版45事件)
検察官が、実行行為者をXと特定し、訴因を「Xは、Yと共謀の上、Xが、Aの頸部を絞めつけるなどして、殺害した」と設定したのに対し、第1審が「Xは、Yと共謀の上、Y又はXあるいはその両名において、…Aを殺害した」と、実行行為者について訴因変更手続きを経ずに訴因と異なる認定をしました。
最高裁は
審判対象の画定の見地からは、殺人罪の共同正犯の訴因としては実行行為者の明示は不可欠な事項ではなく、裁判所が訴因と異なる認定をする場合でも訴因変更は必要ではない。
↓
もっとも、実行行為者が誰であるかは、一般的に、被告人の防御にとって重要な事項であるから、訴因と異なる事実を認定する場合には、原則として訴因変更が必要である。しかし、実行行為者の明示は、訴因の記載として不可欠な事項ではないから、少なくとも被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えず、かつ、認定される事実が訴因記載の事実と比べて被告人に不利益でない場合には、例外的に訴因変更は不要である。
↓
Xに不意打ちを与えず、かつ、訴因と比べてXに不利益ではないため、訴因変更は不要である。
としました。
過失犯の訴因(最判昭和46.6.22百選10版A18事件)
検察官が、交差点発進時にクラッチペダルを踏み外したことを過失の内容とする訴因で起訴したのに対し、第1審は、一時停止の際にブレーキをかけるのが遅れたことを過失の内容と認定しました。
最高裁は
両者は明らかに過失の態様を異にしており、被告人に防御の機会を与えるため訴因変更が必要である。
としました。
過失犯の訴因(最決平成15.2.20)
検察官が、前方を注視せず安全確認を怠ったことを過失の内容とする訴因で起訴したのに対し、第2審は、前方を注視せずハンドルを右方向に転把し対向車線内に自車をはみ出させて進行したことを過失の内容と認定しました。
最高裁は
検察官の当初の訴因における過失の態様を補充訂正したにとどまり、被告人に防御上の不利益はないため、訴因変更は不要である。
としました。
最決平成21.7.21
検察官が、Xを単独犯で起訴したのに対し、裁判所は、Xのほかに実行行為を行っていない共謀共同正犯者の存在が認められるとの心証を形成したが訴因どおり単独犯を認定しました。
最高裁は
検察官が共謀共同正犯者の存在に言及することなく単独犯の訴因で起訴したとしても、被告人1人の行為により犯罪構成要件のすべてが満たされる場合には、他に共謀共同正犯者が存在するとしてもその犯罪の成否は左右されないから、裁判所は訴因どおりに犯罪事実を認定することが許される
としました。
実行行為の態様(最決平成24.2.29)
現住建造物等放火事件で、被告人が充満したガスに引火、爆発させた方法について、検察官が「ガスコンロの点火スイッチを作動させて点火」としたのに対し、第2審は「何らかの方法により」ガスに引火、爆発させたと認定しました。
最高裁は
引火、爆発させた方法は、訴因の記載として不可欠な事項ではないため、審判対象の画定の見地からは訴因変更は不要である。
↓
もっとも、「引火、爆発させた方法は、本件現住建造物等放火罪の実行行為の内容をなすものであって、一般的に被告人の防御にとって重要な事項であるから、判決において訴因と実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要する」。しかし、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えず、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとって不利益でない場合には、例外的に訴因変更は不要である。
↓
点火スイッチを作動させた行為以外の行為により引火、爆発させた具体的可能性等について何ら審理することなく「何らかの方法により」引火、爆発させたと認定したことは、無限定な認定であり、被告人に不意打ちを与える。
としました。
関連論点
訴因の特定については、以下の記事を参照ください。
訴因変更の可否については、以下の記事を参照ください。
縮小認定と訴因変更の要否については、以下の記事を参照ください。
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