問題の所在
覚せい剤の使用が複数回あった場合、1回の使用につき一罪が成立し、それぞれが併合罪関係に立ちます。そのため、覚せい剤の使用時期についてはある程度特定される必要があります。
しかし、覚せい剤の自己使用は、直接の被害者が存在せず、また、他人の目の届かないところで行われることが多く、本人の供述によらない限り、犯行の日時、場所、方法等を明らかにすることが困難な場合があります。
また、覚せい剤を複数回使用している場合、尿中から検出された覚せい剤成分と使用行為が1対1で対応するわけではないため、公訴の対象となった覚せい剤使用事実を他の使用事実と区別できるように記載することは困難です(『リーガルクエスト刑事訴訟法(第2版)』225頁)。
これらの事情から、覚せい剤使用行為の日時、場所、量が幅のある記載になっていたり、方法が特定されていない場合、訴因として特定されているといえるでしょうか。公訴事実である使用行為と他の使用行為を区別できるか(訴因特定の要件②)が特に問題になります。
【訴因の特定のための要件】
- 被告人の行為が特定の構成要件に該当するかを判定するに足りる程度に具体的事実を明らかにしていること
- 他の犯罪事実と識別できること
- 「できる限り」の要請
他の犯罪事実との識別は可能か
最終行為説(検察実務)
一般的に覚せい剤が体内に残るのは2週間程度であるということに着目し、その2週間のうち尿の採取に先立つ最後の使用行為が起訴されたものとして特定されたとする見解です。このように解することで、他の使用からの識別が可能になります。
最終使用行為のみが起訴されたとする以上、最終使用行為以外の使用行為には一事不再理効は及ばないことになります。
この立場によれば、裁判所からの求釈明に応じて、検察官が「尿の採取に先立つ最後の使用行為を起訴した」と釈明すれば、訴因が補正特定されたことになります。
最低1回行為説
起訴状記載の期間・場所内において少なくとも1回使用したとして特定されたとする見解です。このように解すると、識別の問題は事実上生じないことになります。
裁判例
広島吉田町覚せい剤使用事件(最決昭和56.4.25)は、「昭和54年9月26日ころから同年10月3日までの間、広島県高田郡吉田町内及びその周辺において、覚せい剤……を含有するもの若干量を自己の身体に注射又は服用して施用し、もって覚せい剤を使用したものである」との公訴事実の記載について、「日時、場所の表示にある程度の幅があり、かつ、使用量、使用方法の表示にも明確を書くところがあるとしても、検察官において起訴当時の証拠に基づきできる限り特定したものである以上、覚せい剤使用罪の訴因の特定に欠けるところはない。」としました。
公判で、日時、場所、方法等が明らかになった場合
被告人が覚せい剤使用について否認したため、検察官が覚せい剤使用の日時、場所、方法等について幅のある記載の訴因により起訴したが、公判で、被告人が覚せい剤使用の日時、場所、方法等について自白した、ないし、他の証拠からこれらが明確になった場合、訴因が特定されているといえるためには、訴因変更が必要でしょうか。訴因変更しなければ訴因不特定とされるのでしょうか。
見解1
訴因が審判対象である以上、訴因は、公訴提起の時点で特定していればいいわけではなく、公訴審理の間を通じて特定されていることが要求される。そのため、公判で日時、場所、方法等が明らかになった場合には訴因変更が必要であり、訴因変更しなければ訴因不特定になる。
見解2(古江頼隆)
(「特殊事情」は256条3項の「できる限り」の要請に違反しないために必要な要件であって、本来の意味での訴因特定の要件ではなく、訴因特定の要件は①②だけだとする見解から)公判で日時、場所、方法等が明らかになったからといって、訴因が不特定になるわけではない。そうだとしても、256条3項の要請から、明確になった日時、場所、方法等に訴因変更すべきである(古江頼隆『事例演習刑事訴訟法(第2版)』202頁)。
広島高判昭和55.9.4(上記広島吉田町覚せい剤使用事件の原審)は、「起訴状記載の公訴事実が、特殊な事情から訴因の具体的な表示ができない場合であっても、右特殊な事情が解消し、これが可能となり、可能となった訴因により有罪判決をする場合には、裁判所は訴因変更の手続をとって訴因を特定しなければならない」としました。
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