問題の所在
有罪判決が言い渡される場合には、刑(ex.懲役15年に処する)も言い渡されます。その際に必要になるのが量刑(裁判所又は裁判官が被告人に言い渡すべき宣告刑を決定する作業)です。
量刑は、行為責任の原則を基礎としつつ、法定刑の枠内で、犯情(犯罪の動機、目的、方法等の処罰理由となる犯罪行為に直接関係する事情)を考慮して行われます(=まず大枠を決めます)が、その限度内で(大枠の範囲内で)、被告人の再犯可能性、犯罪の社会的影響、被害者の処罰感情等の一般情状も考慮され得ます(=次に一般情状で調整します)(リークエ2版483頁)。
では、量刑において、起訴されていない犯罪事実(余罪)も考慮できるのでしょうか。これを認めると、不告不理の原則や適正手続の要請に反しないかが問題になります。
判例理論
この問題について、最判昭和41.7.13と最判昭和42.7.5は、
起訴されていない犯罪事実を余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料として考慮し、被告人を重く処罰することは許されないが、余罪を単に被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等の情状を推知するための資料として考慮することは許される(百選10版217,218頁)
としています。その後の判例・下級審もこの判断基準を使っており、確立した判例理論になっています。
- 不告不理の原則に反し、憲法31条にいう、法律に定める手続によらずして刑罰を科すことになる
- 証拠裁判主義(刑訴法317条)に反し、かつ、自白と補強証拠に関する憲法38条3項、刑訴法319条2項、3項の制約を免れることになるおそれがある
- 余罪が後日起訴されないという保障は法律上ないから、もしその余罪が起訴され有罪判決を受けた場合、既に量刑上責任を問われた事実について再び刑事上の責任を問われることになり、憲法39条にも反する
最判昭和41.7.13は、余罪実質処罰が許されない理由として上記3点を挙げています。
しかし、②と③には、以下のような反論をすることが考えられます。
②⇒厳格な証明により被告人の自白および補強証拠に基づいて余罪を認定した事案には妥当しない
③⇒実際に余罪が後に起訴された場合に生じる問題であるから、余罪を考慮すること自体の違法性を基礎付けるものではない
そのため、第1の点こそが本質的理由であると言えます(百選10版218頁)。
刑事裁判における量刑は、被告人の性格、経歴、犯罪の動機、目的、方法等すべての事情を考慮して、裁判所が法定刑の範囲内において、適当に決定すべきものであって、それらを推知するために前科やその他の非行を資料として用いることが許される以上、余罪のみをその資料から除外する理由がない
余罪実質処罰と情状推知との区別
情状推知の場合も、悪い情状で量刑を重くする作用があり、実質処罰と変わりがないとも思えます…
Q.では、余罪を考慮することが実質処罰に当たるのか、情状推知に当たるのかは、どうやって区別するのでしょうか。
この点について、量刑理論を用いて、実質処罰に当たるのか、情状推知に当たるのかを区別する考え方があります(東京高判平成27.2.6)。
【量刑理論】
量刑は・・・
①まず、行為責任の原則を基礎としつつ、法定刑の枠内で、犯情(犯罪の動機、目的、方法等の処罰理由となる犯罪行為に直接関係する事情)を考慮して行う(=まず犯情で大枠を決める)。
②次に、その大枠の範囲内で、被告人の再犯可能性、犯罪の社会的影響、被害者の処罰感情等の一般情状を考慮する(=次に一般情状で調整する)(リークエ2版483頁)。
*余罪は、犯情にも一般情状にもなり得る。
2類型のどちらに当たるかの判断では、原判決の「量刑の理由」の記載だけでなく、余罪に関する検察官の主張内容や証拠調べの内容等を考慮します。
その際、量刑理論を踏まえて、
- 「量刑の理由」の記載や検察官の主張内容が、余罪の存在がどの量刑事情と結びつけられるかについて適切に述べているか(犯罪の成否に関係のない事情を考慮して、上記②の内容(再犯可能性、社会的影響、処罰感情等)を引き出そうとしているか)
- 余罪の立証の程度が適切か(概括的な立証にとどまっているか)
- 量刑が格段に重くなっていないか
に着目します。
上記1について
余罪に言及するだけで、そこから推認される量刑事実について何ら述べていない場合、実質処罰の疑いが生じます(百選10版218頁)。
最判昭和41.7.13は、「余罪である窃盗の回数およびその窃取した金額を具体的に判示していないのみならず、犯罪の成立自体に関係のない窃取金員の使途について比較的詳細に判示しているなど、……本件起訴にかかる窃盗の動機、目的および被告人の性格等を推知する一情状として考慮したものであって、余罪を犯罪事実として認定し、これを処罰する趣旨で重く量刑したものではない」として適法としました。
最判昭和42.7.5は、余罪の窃盗行為が行われた期間、回数、被害金額がいずれも具体的に認定されていることなどから、「起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定して、これをも実質上処罰する趣旨のもとに、被告人に重い刑を科したものと認めざるを得ない」として違法としました。
上記2について
余罪により推認される量刑事情の重要性に応じて、余罪をどの程度具体的に立証すべきかが決まります。つまり、一般情状を推知するための余罪は、犯情を推知するための余罪と比べて、概括的な立証にとどめる必要があります。それにもかかわらず、その限度を超えて余罪に関する証拠調べを過剰に行えば、実質処罰の疑いが生じます(百選10版219頁)。
東京高判平成27.2.6は、「起訴された犯罪との関係でその違法性や責任非難を高める事情であればその犯情として考慮され、そうでなければ、再犯可能性等の一般情状として斟酌できるにとどまるのである(それ自体は余罪に当たらない行為についても同様である)。また、処罰の対象となっておらず、前述した限度で考慮できる事情については、その点に関する証拠調べも自ずと限定され、起訴された事実と同等の証拠調べをすることは許されない」としました。
上記3について
余罪により推認される量刑事実の量刑理論上の重要性を基準として、量刑が情状推知により正当化できる加重範囲に収まっている場合、情状推知のほうに傾きます(百選10版219頁)。
量刑が、余罪を度外視した場合における同種事案の量刑よりも格段に重くなっている場合、実質処罰の疑いが生じます。
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