[刑訴法]任意同行、留め置き、被疑者の取調べ(198条1項)

刑事訴訟法

取調べの意義

検察官・検察事務官・司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者や被疑者以外の者の出頭を求め、これを取り調べることができます(198条1項、223条1項)。

被疑者の取調べとは、捜査機関が犯罪事実を明確にする目的から、被疑者に対して質問をし、被疑者の供述を求め、被疑者の利益又は不利益な事情を任意に聴き取る捜査活動をいいます。

被疑者の取調べにより自白が得られれば、その自白を犯罪の直接証拠として、事実の解明や立証に使うことができますし、たとえ自白が得られなかったとしても被疑者から何らかの供述が得られれば、それは事案解明のための手掛かりになり得ます。

身柄拘束中でない被疑者の取調べ

198条1項は、捜査機関は「被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる」と規定しているため、身体拘束(逮捕、勾留)されていない被疑者を取り調べるために、被疑者に警察署等の一定の場所に出頭するよう要求することができます。

しかし、被疑者を逮捕・勾留するわけではないため、被疑者は「出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができ」ます(198条1項但書)。被疑者に出頭を強制することはできませんし、被疑者が出頭後に自宅に帰ろうとしている場合に帰ることを妨げることもできません。

この出頭及び取調べについて強制することができないというのは、198条1項但書の解釈の問題であって、197条1項の解釈の問題ではない点に注意が必要です。

刑事訴訟法198条(被疑者の出頭要求・取調べ)

1 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる

2 ……

任意同行の適法性

任意同行は3種類あります。

  1. 警職法2条2項の職務質問のための任意同行
  2. 刑訴法198条1項の取調べのための任意同行
  3. 刑訴法197条1項本文に基づく任意同行(証拠収集のための任意同行)

ここでは、198条1項の取調べのための任意同行の適法性が問題になります。

198条1項但書は出頭拒否・退去権を保障しており、198条1項の任意同行は、あくまで任意のものでなければならず、「強制の処分」(197条1項但書)を用いることができません。強制の要素が大きい場合には、実質的な逮捕にあたり、令状によらない逮捕として違法と評価されることになります。

任意同行が実質的逮捕にあたり違法と評価されると、以後の逮捕や勾留請求が違法とされたり、自白の任意性が問題になったり、その後の捜査に大きな影響が出ます。

そこで、任意同行と実質的逮捕との区別が問題になります。

任意同行が実質的逮捕に当たるかの判断は、強制処分該当性判断であり、一般的・類型的に行われるため、個別の事件での必要性や緊急性の要素は考慮されません(百選10版13頁)。

具体的な判断要素
  • 同行を求めた時刻
  • 同行を求めた場所
  • 同行先の場所
  • 同行を求めた警察官の数や態度
  • 同行の具体的方法・態様
  • 同行中・同行後の監視態勢

上記等の諸般の事情を考慮し、実質的逮捕、すなわち、取調べを目的とする同行の態様が、実質的に強制連行の程度に至ったかどうか、を見ます。

同行を求めた時刻が夜間や深夜である場合や、同行を求めた場所と同行先との距離が遠い場合は、被疑者の意思に反していると判断されやすくなりますし、同行の際に有形力が行使されている場合や、有形力が行使されていなくとも、複数の警察官が被疑者を取り囲むことにより心理的な圧迫が加えられている場合には、被疑者が同行を拒否できなかったと判断されやすくなります。

また、警察官が被疑者に行き先を告げていないことは、被疑者の承諾がなかったことを推認させる事情になります。

任意同行後の取調べの適法性

任意同行後の取調べも任意のものでなければなりません(198条1項)。任意同行が適法に行われたとしても、その後の取調べの方法次第で、被疑者の取調べが実質的逮捕にあたり、違法であると評価される場合があります。

たとえば、任意同行後の被疑者の取調べで、被疑者が退去できないような状況を作り出して、長時間に及ぶ取調べを行うことは、実質的逮捕として違法になります。

もっとも、実質的逮捕に当たる場合にのみ強制手段にあたり違法になるわけではなく、取調べの際に拷問・強制、暴行・脅迫等を用いることも強制手段にあたり取調べは違法になります。

高輪グリーンマンション殺人事件(最決昭和59.2.29)

任意同行後の宿泊を伴う取調べの適法性について判示した高輪グリーンマンション殺人事件(最決昭和59.2.29)では、被疑者を、任意同行後に警察署付近のホテルに4日間にわたって宿泊させ、捜査員がホテルの隣室に泊まったり、その周辺に張り込む等して、被疑者の動向を監視した上、警察署へ送り迎えをして長時間の取調べを行うことが、実質的には身柄を拘束されていたと評価できるのではないかが問題になりました。

最高裁は、任意捜査の一環としての被疑者取調べに関し、一般論として、①強制手段を用いることは許されないこと②強制手段を用いない場合でも、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法・態様及び限度において許容されることを示しました(二段階の判断枠組)。

そして、上記の一般的基準を述べた上で、任意同行については、その必要性もあり、また、任意同行の手段・方法等の点において相当性を欠かないとし、任意同行後の取調べについては、宿泊の点など任意捜査の方法として必ずしも妥当なものであるとは言い難いものの、被疑者が任意に応じていたこと及び事案の性質上速やかに被疑者から事情・弁解を聴く必要性があったこと等を総合し、社会通念上相当であるとして適法と判断しました。

第1段階(強制処分該当性)
  • 同行の態様(有形力行使の有無・程度)
  • 監視の状況(時間・程度)
  • 宿泊場所(警察施設か、ホテルか等)
  • 被疑者の態度(拒絶意思の明示の有無)

→上記の事情等を考慮し、意思決定の自由又は身体・行動の自由の侵害があったかどうかを判断します。

→上記の自由に対する侵害があれば、198条1項但書違反又は令状主義違反になります。

第2段階(昭和59年決定の比例原則)

捜査の必要性被侵害利益とを比較衡量します。

考慮要素
  • 事案の性質、容疑の程度→取調べの必要性、同行の必要性
  • 監視・宿泊・送迎の必要性(自殺・逃走の防止)
  • 被疑者の態度(協力の有無・程度)
  • 取調べの態様
  • 監視の状況、送迎の態様
  • 法益侵害の程度
  • より緩やかな他の代替手段の有無

→上記の事情等を考慮し、過剰な法益侵害になっていないか、手段や法益侵害が必要最小限度かを判断します。

→過剰な法益侵害になっていない又は手段や法益侵害が必要最小限度であれば、社会通念上相当であるということになります。

第2段階の判断枠組では、被疑者が取調べに同意していることが前提になるため、同意した以上は、被疑者は何らの権利・利益も制約されていないのではないか、とも思えます。

しかし、取調べを受けることに同意していてもなお侵害される法益があると考えられています。

たとえば、宿泊を伴う取調べであれば行動を監視された状態に置かれることにより行動の自由が制約され、徹夜の取調べであれば行動の自由の制約とともに睡眠できないことによる精神的・肉体的苦痛や疲労といった不利益・負担があり、そのような自由の制約や不利益・負担に同意していても、それが「積極的な同意」でなければ、それによる被疑者の自由制約や不利益・負担が放棄されているとまではいえません(リークエ2版P.108,109。古江頼隆『事例演習刑事訴訟法第2版』P.51)。

平塚ウェイトレス強盗殺人事件(最決平成元.7.4)

本件では、任意同行の上行われた被疑者に対する 徹夜の20時間を超える長時間の取調べが任意捜査として許容されるかが問題とされました。

本決定は、本件取調べを198条1項に基づく任意捜査としてなされたものであると位置づけた上で、上記昭和59年決定の判断枠組を引用し、徹夜の20時間を超える長時間の取調べにつき、被疑者の承諾があったとして強制手段を用いたものではないということを前提に、被疑者が自ら進んで取調べを願う旨の承諾をしていたこと、被疑者が取調べを拒否して帰宅しようとしたり休息させてほしいと申し出た形跡がないこと、被疑者が眠気のために意識がもうろうとしていたなどの事情がないこと、自白を強要するためあるいは逮捕の際の時間制限を免れるために長時間にわたって取調べをしたわけではないこと、及び本件事案の性質・重大性等を総合し、本件取調べが社会通念上相当と認められるものであったとして適法と判断しました。

【任意取調べの適法性についての注意点】

  1. 身柄拘束されていない被疑者の取調べにおいて強制手段を用いることができない理由は、198条1項但書が出頭拒否及び退去権を保障していることにある。
  2. 第2段階の判断枠組(比例原則からの制約)が必要な理由として、どのような法益侵害があるのか具体的に検討する。たとえば「行動の自由の制約、精神的・肉体的苦痛や疲労」等。昭和51年判決の「任意処分であっても何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがある」というフレーズは使うべきではない。

取調べの適法性の論証例

198条1項は出頭拒否・退去権を保障しており、任意取調べのみが許容され、「強制の処分」(197条1項但書)を用いることはできない。「強制の処分」に該当するかが問題になる。

(1)強制処分該当性
「強制の処分」とは、個人の意思を制圧し、憲法の保障する重要な法的利益を侵害する処分をいう。
本件では、・・・。

(2)任意捜査の限界
被疑者が同意していたとしても、精神的・肉体的苦痛、疲労などの被疑者に対する不利益ないし負担がある以上、無制限に自由になし得ると解すべきではなく、比例原則の下、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において許容されると解すべきである。
本件では、・・・。

被告人の取調べについては、以下の記事を参照ください。

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